◇幹細胞治療に関するご報告と当院の見解

先般、東京都内の医療機関において、幹細胞投与中に患者様が急変され死亡に至ったとの報道がございました。
厚生労働省は当該医療機関および関連する細胞製造事業者に対し、投与および製造の中止を指導したと伝えられています。
しかしながら、現時点では死亡原因や因果関係は明確にされておらず、詳細な検証が必要とされています。
再生医療法制定後より約10年にわたり幹細胞の静脈投与を延べおよそ3万例経験した臨床医の立場から意見を述べてみたいと思います。

まずもって、このたびお亡くなりになられた患者様には、謹んで心よりお悔やみ申し上げます。

再生医療に携わる者として、このような症例を医療関係者全体で共有、議論し、今後の安全性向上に活かしていくことが何よりも重要であると考えています。

そもそも医療においては「安全であること」が効果よりもまず優先されるべきであり、患者様にとって最も大切な条件です。しかしながら、医療の世界には100%という言葉は存在しません。
どのような手術(簡単なものも高難度のものも)でも、またどのような薬剤(風邪薬のようなものでも抗癌剤なども)でも100%安全なものはなく、あらゆる医療行為には必ず一定のリスクや副作用が伴います。
だからこそ、医療に携わるすべての人々は、そのリスクを限りなく少なくするために日々研究と努力を重ねています。

なお、今回の死亡事例の詳細は現時点で明らかになっておらず、軽々に断定的なことを申し上げることはできませんが、報道情報によると幹細胞投与中に突然の心停止が生じ、高次医療機関へ搬送後に死亡が確認されたとされています。
この死亡の原因がどこにあるのかを明らかにするには、十分な検証が不可欠です。

◇考察

この報道の第一報を聞き、現場の医師として最初に死亡原因が投与された幹細胞であるのか、または投与された患者にあるのかの2通りに対し考えてみたいと思います。

①投与された幹細胞に起因する場合
提供された細胞に細菌等の異物が混入していた場合、突然の心肺停止を発症するようなアナフィラキシーショックを生じさせる物質(細菌も含め)の混入の可能性は考えにくく、もしそのような異物が混入したのであれば、提供細胞作製工程においてのことなので、ほかの細胞(培養加工物)でも同様のことが生じる可能性も考えられる。(法律で培養後の加工物は一定期間保管が決められているため、追跡調査の結果明白になる内容である。)
細胞培養加工が終了した時点で安全性を確認する各種検査が実施され、出荷時点で雑菌等の混入があれば当然出荷停止、または医師の判断によって投与中止されるのが通常である。

②患者側に起因する場合
投与中の心停止とのことなので、心筋梗塞か大動脈瘤破裂、窒息などを発症したと考えるのが一般的である。投与中の詳細が不明なので検証は難しいが、いずれも心停止を発症する前に何らかの臨床症状があったものであると思われる。もし臨床症状の訴えがあった時に適切な処置が行えたなら、違った結果になった可能性があったと考えられる。

◇経験、実績からの安全性の検討について

約3万件の静脈投与の経験を有する私も過去に投与中及び投与後に数例の体調急変の症例を経験している。
それらは心筋梗塞2例、脳梗塞2例であり、いずれもCOVID19のパンデミック前の症例である。

年齢は60〜70代であった。
患者はすべて外国在住で午前中に来院し同日の午後に投与。
季節はいずれも7月、8月、脱水等の関係がリスク増大要因の可能性を否定できない。
脳梗塞の症例では投与約11時間後ホテルで言語障害と右半身の麻痺が発症。すぐ当院来院後、脳梗塞と診断し高次医療期間に搬送。
1週間の入院の後、麻痺等なく退院し帰国。
他3例は、いずれも投与中に胸痛等を訴えたため、心電図等により心筋梗塞と判断し、応急処置後、高次医療機関へ搬送。
いずれも、およそ1週間の入院治療の後、退院後に帰国しています。

心筋梗塞 症例1

79歳 男性
投与開始後約30分後、前胸部痛出現
心電図にて心筋梗塞と診断
兵庫医科大学病院へ転送
血栓溶解及びステント挿入

転機
術後2日目脳出血発症
約2週間後韓国ロッテ病院転院

※大学病院主治医とケースカンファレンスを実施、心筋梗塞と幹細胞投与との因果関係はないと結論

心筋梗塞 症例2

67歳 男性
投与開始後約30分後、前胸部痛出現
心電図にて心筋梗塞と診断、宝塚さとう病院転送
血栓溶解及びステント挿入

転機
術後7日目独歩退院

*主治医とケースカンファレンスを実施、心筋梗塞と幹細胞投与との因果関係はないと結論

脳梗塞 症例1

77歳 男性
投与終了後、約15分後、
左半身の違和感及び脱力感出現
頭部CTにて出血病変はなく、脳梗塞と診断、近畿中央病院転送
血栓溶解剤投与

転機  
術後7日目独歩退院

*主治医とケースカンファレンスを実施、脳梗塞と幹細胞投与との因果関係はないと結論

脳梗塞 症例2

74歳 女性
投与終了後、約11時間後、
右半身の違和感及び口語障害出現
頭部CTにて出血病変はなく、脳梗塞と診断、近畿中央病院転送
血栓溶解剤投与

転機
術後7日目独歩退院

*主治医とケースカンファレンスを実施、脳梗塞と幹細胞投与との因果関係はないと結論

それらの症状を経験し、当院での来院前、投与前の確認項目等のマニュアル(詳細は省略)を作製した。
その後は、マニュアルに沿って高リスク患者に対して然るべく対応を行った結果、今日に至るまで全く経験しておりません。
また昨年(2024年8月)幹細胞投与約3万回での発症した副作用とセフェム系抗生剤の静脈投与で生じる副作用の発現比率を検討した。その結果はいずれも抗生剤の投与よりも少なかった。

幹細胞投与と一般的抗生剤(注射用セフメタゾールナトリウム)との副作用比較

◇細胞加工における安全対策

当院が委託している細胞培養加工施設では、
・FBS(ウシ胎児血清)や抗生物質を使用しない培養法
・凍結保存液DMSOを残存させない工程管理
・新鮮な浮遊細胞(フレッシュセル)の提供
といった独自の安全対策を講じております。
これにより、アレルギー反応やアナフィラキシーショック、凍結細胞由来の血栓リスクなどを根本から回避しています。
当院が用いる幹細胞は、厳格な品質管理と法令遵守のもと製造された安全性の高い細胞ですので、安心して治療を受けていただけます。 

*詳細は別紙「細胞治療における安全性への取り組みについて」参照

◇最後に

今回の不幸な事例で亡くなられた患者様に、改めて心より哀悼の意を表します。
同時に、この事案を契機に再生医療の道が閉ざされることなく、正しい情報と冷静な検証を通じて、安全で有効な医療が今後も発展することを切に願います。
また再生医療の進歩、業界成長は大変喜ばしいことですが、近年の流行のような拡がり方には携わる我々医療関係者はじめ、一部の業界周辺の方々は今一度「医療はなぜ何のために、誰のために」を熟考する必要があるのではないだろうか。

私たちはこれまで同様、患者様の難病等の改善、健康寿命を延ばす再生医療の提供者として、誠実に、安全を第一に歩みを進めてまいります。

2025年9月1日
RPT大阪クリニック
医師  西原弘道